1.風土

はじめに、風土という概念と風土論の系譜をみてみましょう。「風土」とは、英語の「Environment」とほぼ同じ意味の漢語(中国語・日本語用語)ですが、西洋の古典的な存在論とは異なり、主体と周囲との相互依存関係を重視する点が特徴です。

寺田匡宏さん(本事業参加者;総合地球環境学研究所)は、『風土記』、和辻哲郎、オギュスタン・ベルクの風土論それぞれの位置付けを整理した上で、人新世の風土論の方向について論じています。寺田さんは、最初に『風土記』を取り上げて、物語を携えて移動した更新世の痕跡を、「同型の物語」があることをもって示しました。次に、和辻の『風土』を取り上げて、これを「完新世の風土論」として位置付けています。和辻は、農耕開始後の世界での人間類型を歴史性と風土性の観点から明らかにしています。さらに,ベルクの風土論を「言語論的サピエンス(=知性)的風土論」と位置付けています。ベルクは、主体と客体が相互に依存しながら起こる「通態」という概念を用いて、風土を説明しています。

【このことに関しての寺田さんによる記事・業績はこちら】

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2.「仮想」と「非自然」が拡げる世界

さて、これから風土論はどう展開していくのでしょうか?これまでの風土論を模式的にみますと、どうしても現実の物質的な側面と人間の側面に焦点が当てられてきました。それは、風土論というものがそもそもそういうものだからです。ところが、情報技術の進展に伴って、そればかりでは世界を捉え切れないのではないか、という問題意識が出てきました。インターネットの普及により「仮想」の世界で、様々な活動が行われるようになりました。そして、計算機の能力とデータの拡充により、人工知能が学習しながら課題を処理できるようになりました。つまり、人間に加えて新たに計算機が知識を扱う時代になったのです。このように、世界は、「仮想」と「非自然」によって広がっていったのです(図1)。

図1 「仮想」と「非自然」が拡げる世界

3.技術で拡がる環世界

このように、技術が進展して参りますと、人間が把握できる環世界の中身も変わって参ります。まず、探索のスケールが拡大しました。海底探査をしたり、もうひとつの地球の存在可能性について検証が為されるようになりました。それから、環境情報の「解像度」が増大しました。ナノスケールの世界を捉えることができるようになりました。これらの世界を対象とした技術はまた、これらの世界「操作可能性」をも拡大しました。量子コンピュータ、ゲノム編集、地球工学といった技術は、まさにその例です。

そして、デジタル環境(インターネットの世界)の拡充した技術は、その世界の「制御可能性」をも拡大しました。デノイズ・デフェイク、情報の淘汰と知識の生成、デジタルエコシステムの分散統治、クオリアの共有といったことが、この世界で実際に起こりつつあります。

これらの人間にとっての環世界の拡大は、人工知能技術による計算処理速度の増大に起こったものです。これに対する人間側の現時点でのAIに対する認識を確認した調査報告が、ウェブ調査のページに掲載されています。これは、リスク情報の視点で行ったWebアンケート調査を、小野聡さん(本事業参加者;千葉商科大学)が中心になって実施したまとめられた成果です。調査結果を分析したところ、人工知能は最終的な責任をとってくれない。人間が介入することによる「安心」。「人工知能は選択材料を提示するもの」という役割認識、といった点が明らかになりました。

4.風土論が展開する方向

では、風土論はこれからどういった方向に展開するのでしょうか。ここでは、環境世界に在る自然、人間、技術をすべて一度「もの」として捉え直した上で考えてみたいと思います。まず、和辻のところで見た、歴史性は、未来、仮想といった潜在的に実現可能な様態を含むものに、風土性は、仮想世界を含むものに拡張されます。

次に、「もの」を位置付けます。言い替えると、文脈の中に置きます。寺田さんが示した三つの風土論を継承すると、「物語の型」「拡張された歴史性と風土性」「主体と客体との通態性」の中で位置付けていくことになります。

そして、「もの」は、「情報」として認識され、形式化されます。さらに、形式化されたものは、実体化します。

5.情報を物質に変換すること

たとえば、情報を物質に変換することです。久保田(2017)の論考を手がかりに整理すると、デジタル情報としての側面から現物としての側面に移行し、一つの発現形になるプロセスを見ることができます。3Dプリンタが象徴的な例です。データとプログラムに素材を与えて、3Dプリンタで処理すると、プロダクトとして実体化するわけです。

生物においても、同様のメカニズムで説明できます。リボゾームによるタンパク質構築の例を引くと、DNA→(複製)→DNA→(転写)→RNA→(翻訳)→タンパク質の順に実行(計算)され、実体化されます。ただし、ここでは、ゆらぎや偶然性などの熱力学的な不確実性を有していたり、光や温度、水分や養分(化学物質)などの環境パラメータの影響を受けたりするところが3Dプリンタの場合とは違います。

物質の意味や機能自体が、情報化以前の物質のそれとは大きく異なってくる。情報を物質に変換できるようになることで、情報の意味までもが大きく変わっていく。このように情報はまた、実体化するものとして扱われつつあります。

6.未来との接続―想像/創造物を可視化して現前させる

このような実体化のプロセスは、未来との接続にも貢献します。想像/創造物を可視化して現前させるからです。人間―計算機(人工知能)を「作り手の軸」に、物質的ー仮想的を「性質の軸」として、改めて見てみてみましょう。物語りや小説といった可視化によらない表現を絵図、模型、映像といった可視化による表現に変換することで「実体化」する、ということです。計算機の側も、プログラムが、コンピュータゲーム、仮想現実(VR)、拡張現実(AR)、複合現実(MR)として表現物の形で「実体化」します。

こういった可視化表現物は、未発の過去、想像した未来、仮想的な設定といった物を表現することで、現前させることができます。このように、風土を構成する「もの」としての可視化表現物により、過去・未来が現在しやすくなるわけです。これが、技術と表現物が未来との接続を果たす理由です。

「未来社会の会話作り」のページに掲載した「未来会話からつくる社会」という小冊子(図2左上)は、三村豊さん(本事業参加者;総合地球環境学研究所)を中心にまとめられた成果です。未来社会での生活の場面を切り取った会話づくりの方法をまとめたこの冊子は、このようなプロセスをどのように始めたらよいかを明らかにしたものです。

図2 未来との接続―想像/創造物を可視化して現前させる

本事業では、総合地球環境学研究所「双方向コミュニケーションを基盤とした社会と科学の協働研究(超学際研究)の可視化・高度化の推進」事業との連携事業として、可視化表現物の制作による実践を、地域を舞台に実施してきました。絵本、映像、展示といった可視化による表現に変換することで「実体化」し、未来との接続を図る取り組みです。これについては、地域で活動のページをご覧ください。

[引用文献]